アンブレラ・レイラ

アンブレラ・レイラ 18


初めて腹痛で学校を休んだ日の前日、朝のニュースで政治家が汚職事件の釈明記者会見を開いている映像が流れていた。政治家は子供でもわかるような嘘を吐いていた。そして、どうやらその嘘がまかり通ってしまいそうな雰囲気だったのだ。

画面の中では司会者やコメンテーターもその明らかな嘘について何も言わない。いつまでたっても違和感を断罪はおろか追及する素振りすら見せずに笑顔で動物の赤ちゃんのコーナーに移ってしまったのだ。
嘘を吐いてはいけません、そう教育されてきたリリオはその一連の映像に激しい違和感を覚えた。そして、違和感を抱えたまま学校へ向かった。
昇降口で上履きに履き替えたときだった。
チクリと足の裏に刺激が走った。
上履きを脱いで、その中を確認するが中には何もなかった。しかし、足の裏にまだ痛みがあった。

足の裏を見ると画鋲が刺さっていた。

それはクラスで流行っていた悪戯の一種だった。別にいじめだとかそういったことでないことはわかっていた。巡り巡るものなのだ。褒められた話ではないが、リリオも似たような悪戯を皆と一緒になってやったこともある。下駄箱の裏から笑い声が聞こえた。

回り込むとクラスメイトがリリオを見ていた。
「君たちがやったの?」
「俺たちじゃないよ」
それが嘘だとすぐにわかった。
朝から感じていた違和感に色が付いていくようだった。
目に映るもの全てが嘘まみれに見えてしまった。
その後、授業中も、帰路も、家で夕飯を食べているときも、風呂に入っているときも、寝る前も、嘘まみれの世界のことを思っていた。
布団に包まり、真っ暗で自分の存在だけを感じているときだけホッと安らげた。

翌朝、どうしても学校に行きたくなくなった。

「一日休めばそんな気持ちはすぐになくなると思っていたんです。実際、世の中の嘘なんてすぐにどうでもよくなりました。だけど、翌日から不思議なことに本当にお腹が痛くなったんです。嘘じゃないんです。学校に行けなくなってからは、行けなくなってしまったことが原因で学校に行けなくなってしまって……もうどうしていいか」
リリオは全てを嗚咽交じりに告白した。

「でも、君は学校に行きたい気持ちはあるんだね?」
告白の全てを受け入れてくれるような温かみのある声だった。

「はい。行きたいです。出来ることなら今からだって。お母さんに申し訳なくて……でももう、まともに話せないんです。顔も見られません」

「そうか。できるだけ早くお母さんには今の話を話したほうがいい。わかってくれるはずだよ。君の観察日記で思い出したけど、私にも経験があるんだ。ちゃんと話したり、謝ったり出来なかった経験がね……」

それからしばらく東南眼鏡は反面教師の意味をこめて、自らの過去の話をしてくれた。リリオの現状に突き刺さるようなその話を聞くと、胸の奥がざわざわと騒めいた。

「きっと君もまた学校に行けるようになったら“お互いがわかっている”と思って腫れ物に触れないように“昔のことは言わない”ということを暗黙の了解として過ごしていくことになるだろう。でもね、謝罪は出来るうちにしたほうがいい。私は今も後悔しているんだ。気持ちは言葉にして初めて伝わるんだ。大丈夫。きっと出来るさ。乗りかかった船だ。この東南眼鏡がなんでも相談に乗ってあげるから。東南眼鏡の眼鏡はなんでもお見通しなんだ、なんてね」

 東南眼鏡の声が小さく笑った。声と言葉と話し方と、そして話してくれた意味を考えると、ふつふつと勇気が湧いてくるのがわかった。
「ありがとうございます!」
リリオは今の東南眼鏡の助言に答えるべく嗚咽を必死に抑えて大きな声でお礼を言った。久しぶりに“孤独じゃない”と感じることができた。

そのときだった。玄関のチャイムが鳴ったのだ。

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