アンブレラ・レイラ

アンブレラ・レイラ 7

五日後、十九時。
リリオは息を殺し、カーテンに包まれるように隠れつつ、食い入るように双眼鏡を覗き込んでいた。
双眼鏡は暗視に対応しているような高級品ではないので、今までは夜間に観察することなんてなかったが、今回の観察対象はレイラではなく東南眼鏡。リリオは日が落ちると同時に安物の双眼鏡でも確認可能な街灯の下へ向けて、昼間ほどはっきり見えるわけではないが、誰かが通れば確認できるくらいの視界が担保されていることを確かめると、レイラ宅から柊タワーハイツへの道の街灯の一本に的を絞り、双眼鏡からひと時も目を離すことなく夕方の六時からずっと見張っていたのだった。

東南眼鏡は四日前に現れたきり姿を現していなかった。その事実からリリオは“今日、来訪する確立が高いのではないか?”と睨んでいた。何しろ今まで五日間もの間隔を空けたことはなかったのだ。
さらに、リリオにはどうしても今日現れてほしいと願う理由があった。母親が会社の慰安旅行に行っているため帰ってこないのだ。
つまり、東南眼鏡が訪れる夜の時間帯でも居間へと行けることを意味していた。居間からならば中庭を確認することができる。つまり、今日、東南眼鏡が来てくれたのなら、彼が中庭で何をしているのかを知ることができるのだ。

一瞬だけ双眼鏡から目を離し時計を確認する。
十九時五十二分。
そろそろ来るかもしれない。しかし、先ほどからリリオのお腹は“ぐー”と音を立てている。
多少迷ったが、東南眼鏡が現れるのは通常二十時過ぎなので問題ないだろう、と双眼鏡をその場に置いて、居間へと走り、テーブルの上に置かれていたラップに包まれたおにぎりを手に取ると、すぐに戻って再び双眼鏡を構えた――その瞬間だった。
双眼鏡を構えた途端に人影が消え去ったのだ。
当然、覗き込んだばかりで、さらに街灯の頼りない明かりに照らされた場所を通り過ぎる一瞬だったので、確信には至らなかったが、それでもそのシルエットは東南眼鏡のように見えた。悔しかった。おにぎりなんて取りに行かなければ……しかし、悔やんでいる暇はない。今この瞬間に東南眼鏡は中庭にいるかもしれないのだ。その上、彼の滞在時間は短い。すぐに居間に向かうべきだ。
ただし、リスクは大きい。
その人影が東南眼鏡でなかったとしたら、それこそ本当にすれ違いになり、その顔すら確認できずに今日が終わってしまうかもしれない。
時計を確認する。
二十時に限りなく近い。
母親が旅行に行くなんてチャンスは年に一度あればいいほうだ。レイラ観察日記を付けている期間にこんなチャンスはもう訪れないだろう。
リリオは一分で答えを出そうと脳内会議を行った。
直感を信じて中庭に向かうべきか、確信が持てないのならばこのまま双眼鏡を覗き込んでいるべきなのか。通りすぎた人物が東南眼鏡であるならば行かねばならない。もしも、違ったら取り返しがつかなくなる。会議は平行線を辿ってしまった。
リリオは頭を思いきり左右に振った。
そして、おにぎりを一口齧ると、居間へ向かって走った。
直感を信じたのだ。

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