アンブレラ・レイラ

アンブレラ・レイラ 4

十七時を伝えるチャイムが聞こえてきた。
リリオは素早く顔を上げると、慌てて机の下部の大きな引き出しを開け、双眼鏡を取り出し、窓のほうへと向かった。
リリオにとって十七時のチャイムの音は遊びをやめて家に帰る合図ではなく、アンブレラ・レイラの帰宅時間の合図だった。
 双眼鏡越しに、前と後ろに籠のついた自転車に乗る彼女の姿を確認した。
手入れの行き届いていないぼさぼさの白髪頭。パジャマの上にまるでカラスか魔女かというような真っ黒いボロキレを羽織っている。
そして、やはり彼女の綽名の由縁である傘が十本近く自転車の籠に引っ掛けてあった。その傘のほとんどが、骨が飛び出ていたり、ビニールの部分が破けていたりと傘の機能の半分も発揮できないような代物だ。
自転車のギイギイ鳴る音が十二階のリリオの耳にもうっすらと届いてくる。周囲の人間は彼女を避けて歩くが、珍しい光景とは誰も捉えていない。
この街の住民でなければそれは異様な光景に映るだろうが、これこそが夕方の彼女のスタンダードな姿であり、この街のこの時間帯のいつもの風景なのだ。
 
リリオの知る彼女の一日の行動は次のようなものだ。
午前八時、目を覚ますと、すぐにカーテンを開けて、柊タワーハイツを睨みつける。概ね五分程度。
午前十時、錆付いた自転車に乗り外出。雨が降ろうが、雪が降ろうが、きっと槍が降ったとしてもパジャマの上に真っ黒なボロキレを纏っているだけという出で立ちだ。
彼女の行き先は、街中、川原、そしてゴミ捨て場、と毎日違う。ただし、目的は一つ。傘を拾いに出かけるのだ。
午後五時、自転車に打ち捨てられたボロボロの傘をぶら下げ帰宅。多いときは十本以上もの傘を自転車の籠に引っ掛けて帰ってくる。それが先ほどの彼女の姿の答えであり、綽名の由来だった。
ちなみにレイラの集める傘の種類には拘りはない。というのもリリオが確認した限りでは、持って帰ってくる傘には百円のビニール傘もあれば、高級品や子供用の黄色いものもあり、とても吟味しているようには見えないからだった。
リリオは双眼鏡で彼女が家の中に入るのを確認すると、勉強机に戻り、結局、ノートの表紙に
“イラ観察日記”
と先ほどの続きの文字を書き込んだ。
ついにリリオは「アンブレラ・レイラ観察日記」なるものを付け始めることを決心したのだ。
ここ数ヶ月リリオを悩ませ続ける疑問。
“なぜアンブレラ・レイラは傘を集めているのだろうか?”
そもそもリリオがこんなにも彼女のことに詳しい理由も、ここ数ヶ月、ひっそりとアンブレラ・レイラを毎日観察していたからなのであった。

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