アンブレラ・レイラ

連載小説 アンブレラ・レイラ 3

この街に住む人間しか知らない言葉『アンブレラ・レイラ』とは、このマンションの向かいに住む老婆の綽名であった。
彼女はマンションの向かいの平屋建ての一軒屋に住んでおり、リリオの部屋からはちょうその全貌が見えた。彼女の家のベランダの位置と柊タワーハイツの位置を考えると日差しは西日しか当たらないだろう。裏手の家の影でその西日すら満足に当たらないかもしれない。それ故、彼女の家の窓とカーテンはいつも締め切られているのではないか? とリリオは推察していた。

リリオが初めて彼女を認識したのは二年前、まだ小学校四年生のころだった。珍しく彼女の家のカーテンが開いていたので、部屋からその窓の奥をふと覗いてみるとパジャマ姿の白髪の老婆がこの柊タワーハイツをじっと見ていた……いや、睨んでいたという表現のほうが正しいかもしれない。その視線になんらかの不の感情が込められているだろうことは当時のリリオでもすぐに理解できた。
どうして睨みつけるのだろう、とリリオが彼女の様子を伺っていると慌てて顔を引っ込めざるを得なくなってしまった。実際には目が合った事実すらないのだがマンションではなくリリオ自身が睨まれているような錯覚に陥ってしまったのだ。
そのことをリリオが夜になって、母親に話すと「彼女はこのマンションを嫌っているのよ。だってほら、このマンションが建ったせいであそこはいつでも日陰になっちゃったでしょ? でも私たちが気にしたってしょうがないわ。このマンションが建ってから入居したんだもの。気の毒ではあるけれどね」と言い、さらに「彼女、少し変わっているから、その……なるべく近づかないようにしてね」と口を濁しながらもしっかりと付け加えた。
そのときは母親が何をしてそう彼女を称しているのかがわからなかったが、今ではその言葉の意味を理解することができている。そう、アンブレラ・レイラはこのマンション以上にこの街での異質な存在なのだ。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です