アンブレラ・レイラ

連載小説  アンブレラ・レイラ 1

パソコン買った記念と、小次郎さんが忙しく、孔雀さんが体調悪いため、小説を連載します!

8年前に書いた小説のようです。

この作品は出版計画があったのですが、色々あり出版しなかった作品になります。

実は、新作出版のための宣伝活動でもあります!

それではお楽しみください!

初回はちょっと長めです!

アンブレラ・レイラ

著・裕次郎

アスファルトにこびりついた真っ黒に汚れたガム。
白い壁紙を黄色く変色させたヤニ。
換気扇の効果を減少させるベタついた油汚れ。
忙しい生活の中では意識することすらないのにもかかわらず、ふと目に付くと気になって仕方がなくなるもの。
その外観をゆっくりとだが確実に変化させた恐るべき些細なもの。
私という人間にとってのそれは“ヒヤシンス”だ。

体に有害な着色料をふんだんに使った色鮮やかなお菓子。
親に隠れて吸った煙草。
魚が住むことができなくなってしまった川の上流にある工場が垂れ流した排水。
初めのうちならば取り返しがついたはずなのに、取り返しがつくと思ってしまったが故に取り返しがつかなくなってしまった事柄。
悔やむべき道へのはじめの一歩。
私という人間にとってのそれは謝罪の言葉を飲み込んでしまったことに他ならない。

当時の私はその日のことを連続する日常のただの1ピースに過ぎないと思っていた。
それが私という人間を形成することに、圧倒的な影響力があるものだと知っていたならば、あの日の私は翌日以降の自分に謝罪を任せようだなんて考えなかったはずだ。

私の家には父親がいなかった。
だからといって他の誰かよりも辛い思いや、惨めな思いをしているかといったらそんなことは決してない。
もしかしたら隣近所や、クラスメイトからはそんなふうに思われていたかもしれない。確かに欲しいものを欲しいと言えなかったり、一人の時間が多かったりと我慢することは多かった。しかし、少なくとも私自身がそれを、辛いだとか、惨めだとか、そう感じたことはただの一度もなかった。
もちろん、その裏で母親がどれだけ苦労しているのかも当時の私なりには理解していたつもりだ。当時から、今この瞬間までの全ての時間を通して、私は一貫して、それはもう言葉に言い表せないほどの感謝の念を母親に抱いている。

しかし、あの日……あの肌寒い日曜日だけはその感謝の念をどこかに置き忘れてしまっていたのだろう。
私は……声を荒げて母親を怒鳴りつけてしまった。
母親を、いや、母親に限らず誰かに怒鳴りつけたのなんて後にも先にもその一度だけだ。
理由は今思えば本当にたいしたことではなかった。
ただ、悪いのは全面的に私だった。
そのたいしたことのない理由こそがヒヤシンスだ。
小学校の四年生の冬休みの宿題に“ヒヤシンスの観察日記”というものが出された。ノートの上半分にヒヤシンスの現在の状態の絵を描き、下半分にその様子を文字で記すという誰しもが経験するような宿題だ。それは毎日書ければならないということを除けば取り立てて難しいものではなかった。しかし、当時から要領だけはよく、だらしのなかった私は球根が一日数ミリずつ伸びていく様子を毎日書きとめていく作業に果てしない無駄を見出してしまった。
結局“あとでまとめて適当に成長していく様を書けばいい”と観察三日目にして放り出し、その翌日にはヒヤシンスの存在すら忘れてしまっていた。
次に私がそのヒヤシンスを意識したのは、木でいうところの幹の部分が茶色く変色してしまっているのを発見したときだった。その無様なヒヤシンスを見た瞬間に

“このままでは枯らしてしまったヒヤシンスの絵を観察日記に書かなくてはならない。それだけではない。その冬休み明けにその枯れたヒヤシンスを教室に持っていかなければならない”

と、狼狽えてしまった。
小学生当時の私にとって、それは恐ろしいことだった。
私はすぐに母親が昼にパートで働いていたスーパーに電話をした。そのときまで私は母親のパート先に連絡することなんてなかったので、母親は何が起きたのか、と慌てた口調で電話に出たのを覚えている。
私が早口で変色したヒヤシンスの件を伝えると母親は“そんなことか”といったニュアンスを含んだ調子で「なんとかするから待っていなさい」と優しく諭すように言ってくれた。そして、母親はパート帰りに花屋に寄り、一番高い花の栄養剤を買ってきてくれた。
母親がいつも安価な洋服で我慢してくれていたのを知っていたので、とても申し訳ない気持ちになったのを覚えている。しかし、それ以上に“これでこの枯れかけたヒヤシンスが蘇る、先生に怒られなくて済む、クラスメイトが持ってきた可憐に咲き誇ったヒヤシンスの中にみすぼらしいものを置かなくて済む”と深い安堵感に包まれた。

母親は夕食の支度を済ますと、夜のパートへ出て行った。その姿はどこか誇らしげだった。おそらく当時の私の様子は大人から見ると健気なものに見えたのだろう。母親も私のために何かを出来たことが嬉しかったのかもしれない。
母親の背中がドアの外に消えるのを見送ると、私は、夕食に手をつける前に、ビニール袋から細長い箱に入った高価な栄養剤を取り出し、ヒヤシンスの入った半透明のプラスチック容器の中にそれを流し込んだ。液体の濃度が違うのか、お互い無色透明なのにも関わらずガムシロップを入れた紅茶のようにうねうねとその混ざる様子が目で見ることができた。それが私にとても力強いイメージを与えてくれた。そのおかげで、その日は綺麗な花を咲かせたヒヤシンスを頭に浮かべながら布団の中へ潜り込むことができた。

翌朝、目を覚ますと顔を洗うことも後回しにし、居間のテレビの傍らに置いたヒヤシンスを確認しに向かった。
しかし、ヒヤシンスは視界には入らなかった。
テレビの前に母親が座っていて、その影に隠れていたのだ。
母親は正座をして真っ直ぐテレビのほうへ体を向けていた。
テレビはついていなかった。
記憶が補整されているのか、その背中は普段の母親よりずっと小さいものとして印象に残っている。
私の足跡に気が付いた母親が体を強張らせながらゆっくり振り向いた。
その肩口からヒヤシンスの全体が覗いていた。
ヒヤシンスはどす黒く変色していた。
……完全に枯れていたのだ。
私はすぐに泣きだしてしまった。声をあげてわーわーと。
さらに無様なヒヤシンスの姿は私を攻撃的にさせてしまった。子供の頃のことなので、今、顧みたところで意味などないし、正確性も乏しいと自覚はしているが“目を覚ましたらヒヤシンスが元通りになっている”という期待値が高すぎたのも相まって、結果とのその落差に私は取り乱してしまったのだ。

次の瞬間、私はなぜか「――お母さんのせいだよ!」なんて怒鳴りつけてしまった。さらに「お母さんがあんな栄養剤を買ってきたからだよ!」なんてことまで付け加えてしまった。
怒鳴れば怒鳴るほど冷静でいられなくなっていった。本当は自分のせいでしかないことはわかっていた。子供だったため言語化まではできていなかったが、悲しみやそれに伴う自己嫌悪を無理やりに他者への怒りに転嫁していることも自覚していた。
しかし、その栄養剤さえ入れなければ自然にヒヤシンスが回復していたかもしれないという可能性をその瞬間だけ深く信じた……いや、信じようとした……すがっていた。

母親は顔をくしゃりと歪ませ「ごめんね」と小さく言った。その顔と声は涙を流していないのが不思議なほど悲壮感に満ちていた。どうせなら怒ってくれたほうがずっとマシだった。
“あんたがサボるから枯れちゃったんでしょ!”なんて私よりも大きな声で怒鳴ってくれたならきっと謝ることができた。しかし、母親は小さく唇を震わせているばかりで、その表情を見ると分銅を吊り下げられた天秤測りのように一瞬で胸が重たくなった。

今まで母親はおろか他の誰にも怒鳴ったことなんてなかった私は引っ込みがつかなくなってしまっていた。さらに声を荒げてしまったのだ。声を出すごとに分銅の重さは増していった。
「――あんなのを入れなければ枯れなかったよ!」
酷いことを言っている自覚はあった。母親が高価な栄養剤を買ってきてくれた理由にも、ここまで悲しそうな顔をする理由にも想像がついていた。私は昼夜問わず働く母親の手前、今まで何かあっても我慢してしまうことが多かった。先にも述べた通り、そのことを苦に思ったことはなかったが、母親からすれば、きっと我慢させていることに対して自責の念があったのだと思う。だからこそ私からの相談になんとしてでも答えたかったのだ。母親は本当に優しい人間なのだ。何よりも私のことを一番に考えくれる立派な人だった。
しかし、頭ではわかっていても私は自分の責任を認めるのが嫌で怒鳴ることを止めることができなかった。
母親を怒鳴りつければ怒鳴りつけるほど自分の責任が母親に移っていくように感じていた。このときの母親の目に涙が溜まっていく様子を今でもはっきりと思い出せる。それでも私は“これ以上は酷いことは言いたくない”と思いながらも、さらに母親を責めたてた。
「また学校でみんなに馬鹿にされるよ。うちが貧乏だからヒヤシンスを枯らしたんだって」
気づくと思ってもいないことまで口走ってしまった。いくら怒鳴っても怒鳴り返してくれない母親にもっともっと冷たい言葉を浴びせなければならないという整合性の取れない強迫観念に追い立てられていた。
そして、仕舞いには言ってはならない言葉までもをぶつけてしまった。
私はわけがわからなくなってしまっていたのだ。

「――お父さんがいないのだってお母さんがいけないんだ」

言った瞬間に今度こそ怒鳴りつけて欲しいと願ったが、母親は震えた声でまた「ごめんね」と言うだけだった。
これ以上、居間にいると母親の泣き顔を見なければならない、と恐ろしくなり、駆け足で自分の部屋へと逃げ帰ってベッドに潜り込み、掛け布団を頭まで被って泣いた。嗚咽を漏らして泣いた。そして、謝りに行かなければ、と思いながらも泣き疲れてしまったのか結局、眠ってしまった。

昼すぎに目を覚ました私が恐る恐る居間へ行くと食卓にラップにくるまれたオムライスが置いてあり、その横のメモ用紙には「仕事に行ってきます。ヒヤシンスを枯らせてしまってごめんなさい」とだけ書かれていた。
胸にぶら下がる分胴の数は急激に増えた。
謝ろう、謝ろう、何度も思ったが、結局、仕事から帰ってきた母親にも謝ることはできなかった。
言葉少なに夕飯を二人で食べたあの時間を私は一生忘れないだろう。
二、三日も経った頃にはヒヤシンスのことなんてなかったかのように私たちの関係性は元に戻っていた。少なくとも私はそう思い込んでいた。

しかし、数年後、振り返ってみると、あの日が私という人間の基礎を作り変えたのだと気がついた。何がどう変わってしまったのかを例を挙げて説明することは難しいのだが、この出来事は私の中でガムやヤニや油汚れのようにその後の私に降り積もる後ろ暗い何かの土台になってしまったのだ。
そういえば結局、登校日に持っていった、枯れてしまったヒヤシンスはちっとも惨めではなかった。なにしろ、クラスの半数以上が枯らしてしまっていたのだから。
つまり、そんななんでもないことがきっかけで私は変わってしまったのだ。
そして、添加物に塗れた体や、真っ黒になってしまった肺や、魚が住めなくなってしまった河川のように、取り返しがつかなくなって初めて気が付いたのだ。
もう謝罪の言葉は母親には届かない。

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