小説(裕次郎)

人生で一番はじめに書いた小説 501

恥ずかしくて見れないけれど、あえてプロローグ部分をちょっと紹介。

少しは上手くなっているかなー

 

501
<ファイブ・オー・ワン>

伊勢裕次郎(いせゆうじろう)

四百字詰め換算292枚

イントロダクション
あの頃の俺はまだまだ若く、ピチピチの十代だった。
十九歳の俺はビリヤードに凝っていて毎日のように大学帰りに地元のレストラン兼プールバー・バーストラブに足繁く通っていた。そこで二時間、玉を突いてからアルバイトに向かうのが俺のライフスタイルだった。
いやいや、もちろんたまには女の子とだって遊んだりしていたよ? 馬鹿にすんなよな。
あの日、いつものようにバーストラブに顔を出すと、カウンターの中から店長の田代さんに得意の困り顔で「悪いトシヤ、ビリヤード台は今、全部埋まっているんだよ」
と告げられた。
「えー! そりゃないですよ! 俺、今すぐ玉、突かないとアレになっちゃいますよ? いいんですか?」
「アレってなんだよ? 勝手になれって。まあ、一時間も待てば空くだろうから、エロいことでも考えながらビール飲んで待っていりゃいいよ」
しかし、運悪くその日はバイトの時間がいつもより三十分早く、待っていたら確実に遅刻してしまっていた。諦めてそのままバイトに向かってしまおうかと考えていると、その落胆が顔に出てしまっていたのか、田代さんは困った笑顔で「それじゃ俺とダーツでもするか?」と拭いていたグラスを置いて、ソフトダーツの機械が三台ずらりと並んでいるダーツスペースを指差した。
正直なところダーツに興味はなかった。ビリヤードに比べるとあまりカッコいいとは思えなかったのでやった経験もなければ、ルールもよくわからなかった。けれど「奢ってやるから」という田代さんの言葉で俺は初めてダーツをすることになったのだ。
そして、田代教授によるダーツ講座が始まった。
初めてやったゲームの種類はカウントアップ。一回に三本のダーツを投げ、それを計八回行い、得点を加算するだけの単純明快なゲームだった。
教授の指導のもと俺は見よう見真似でダーツを放った。
結果をいうと俺はバイトをサボってまでダーツをしてしまった。もっといえばそれが原因でクビにまでなってしまった。いや、どうでもよいか。ともかく俺は時間を忘れてダーツに熱中してしまったのだ。
初めの数本こそ“ああ、やっぱりビリヤードがやりたいなぁ”なんて思っていたが、すぐにダーツの奥深さがわかった。簡単そうに見えて、本当に上手くいかないのだ。なにせ結局カウントアップを二十回近く行ったのだが、狙った場所に狙った通りダーツが刺さったのはその日はたったの三、四回だけだったのだから。
そして、その最中に田代さんに聞いたこの言葉。
「この中心がダブルブルっていうんだけどな、実は、ど真ん中が一番点数の高い場所ってわけじゃないんだ。ダブルブルよりもちょっと上、左右に1と5の低い点があるここ。トリプルの20。それそこが一番高得点の場所なんだ。渋いだろ? 人生と一緒だよ。ど真ん中が正解だとしても、それよりも上があるってこと。正解の上ってかっこいいだろ? しかもな、その的はダブルブルよりも広いんだ。なんかさ、人生上手くいきそうな気がしないか?」
いや、参った。痺れたね。田代さんからしたら、ちょっとお洒落なジョークに過ぎないのだろう。でも、俺にはその言葉が正にダーツのように胸に刺さったんだ。
……窮屈で仕方がなかった。退屈で堪らなかった。
大学もバイトも友達も恋人も何もかもが鬱陶しくて辟易していた。ああしろ、こうしろ、ああしなきゃ駄目、こうするべき、あれはしちゃいけない、これが正しい、そんな全てに纏わりつく“かくあるべき”に嫌気が差していた。うんざりだった。
そのくせ俺もそれなりそうするべきだとはどこかで感じていて、試しにしてみるものの、たとえば現実を見てしっかり生きなきゃ駄目、その反対に夢みて生きなきゃ駄目、こんな風に全く逆のことが同時に正解であったりする。そうなってしまうと、結局どうしたって駄目なんじゃねぇか! なんて気分になってしまい結局、必死に何かを頑張ろうとしても中途半端なところで投げ出しまい、自己嫌悪。しかも、その繰り返し。
二十代になった今となっては、言い訳にしか聞こえないが、事実として、当時の俺は何もかも上手くいかない人生に疲弊していた。そんな自分が死ぬほど大嫌いだった。中学二年生の女子並に“大っ嫌い! あたしなんて!”だったんだ。
自分を嫌い続けることすら正しいことだと思えず、いつしか色んなものに冷めていった。いや、本当は当時からわかっていた。自分を守るために、傷つかないためには世の中に冷めるしか他に方法が見つからなかったんだ。
そんな温い惰性の中で送る日々は、自分自身を信じる、という大切なことを忘れさせた。もちろん自分を信じられない奴が他の誰かを信じる事なんてできやしない。いつしか俺は周りの全てをまっすぐ見られなくなってしまっていたんだ。すると誰一人俺のことなんて信じてくれなくなった。当然のことだ。ブルースの歌詞みたい。
最終的に俺はヘラヘラすることにした。悲しい事が起きても、怒りが湧いてもヘラヘラ。悔しいことがあってもヘラヘラ。泣きそうになるときほどヘラヘラヘラ。
そうやって俺は他人との繋がりをなるべく軽くしたんだ。本当に自分が思っていることは誰にも言わなかった。全てをはぐらかすようにした。そういったスタンスでいるためか、普段は人と話していても何の苦にもならなかった。たとえ、それが嫌いな人間だろうとね。だって全てが俺には関係ないって思っていたからさ。むしろ積極的にしゃべって笑いを取ったりしていたくらいだ。
しかし、いつも、ああしなきゃ駄目、こうしなきゃ駄目、そんな“かくあるべき”的な言葉を言われると一気に気が滅入って相手と話すことができなくなった。そこから消えてなくなりたくなるくらい心が揺れた。それでも気持ちとは裏腹に出てくる言葉は相手を笑わせるような戯言。顔に張り付いた表情はヘラヘラ。
人づてに聞いた俺に対する評判は、根っから明るい奴とか、楽しい奴とか、面白い奴とか、調子のいい奴とか、飄々としている奴とか。
へっ! 全く嫌になるぜ。自慢じゃないけど俺はウジウジしているんだってんだ!
まあ、きっと、そんな俺だったから“正解の上”という言葉に痺れたんだろう。
大袈裟だけど、がんじがらめのこの世界から開放されるキーワードのように思えたんだ。
ヘラヘラしながらも“このままでは駄目だ”という気持ちも、俺の頭の片隅にベットリと張り付いていたんだ。そのことに気づけたことが嬉しかった。“正解の上”というキーワードは俺の“このままでは駄目だ”の部分にばっちりシンクロして、何しても意味がない、という考えを“とりあえず何かをしてみよう”という考えに変えてくれたんだ。なにせ目指すものが正解ではないんだ。その上なのだ。
そう! かくあらなくてもいいんだ!
初めてダーツやったあの十代の日、あの日から俺はダブルブルよりもトリプル20を狙って生きていくって決めたんだ。正解、常識、かくあるべき、そんなものの上にこそ答えがあるんだ。
救われた。本当に救われたよ。とりあえず、動きたくてしょうがなくなった。そんな自分がかっこよくて、それでいてちょっと可愛らしくて、ようやく好きになれそうになった。
しかしながら、まだ途中。
いや、えっと、その……十代の頃、とかカッコつけて言ったけれど、俺、今まだ二十歳だし。半年も経っていないんだもん。
でも、一応頑張っているんだよ? 何を? それはわかんないけど。
はぁ正解の上には程遠いなぁ。だってさー、残念なことこの上ないけど、今でも俺はめちゃくちゃヘラヘラしているんだ。
変われたことといったら、ハードダーツのセットを買ったことと、ちょっとダーツが上手くなったくらい。へへへ。
いやいや、ちゃんと狙っているよ? 正解の上をね。

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