藤木の国のアリス~伽炉瑠博士の忘却装置~

藤木の国のアリス ~伽炉瑠博士の忘却装置~ 30

体はぺらぺらのトランプなのだが、手足と顔は立体で、道ばたで酔っ払って寝ているようなおじさんだった。一応兵士の格好をしている。
トランプ兵は起きたとたんに歌い出した。歌詞の内容は白い薔薇を赤く塗り直さないと女王様に首をはねられてしまう、といったもの。恐ろしい歌詞をリズミカルに歌いながら、木の下に乱雑に置いてあったバケツとハケを使って、ペンキでべたべたと白い薔薇を赤く塗っていく。
「あの、すみません。鍵穴はどこにありますか?」
「え? 鍵穴? なんのことやら。あー首をはねられてしまう」
 そう言うとクラブの2(ハートから変更しました)のトランプ兵は背を向けて再び歌いながら薔薇を塗り直す作業に入ってしまった。
 ただ、そう言う彼の背中には大きな鍵穴がぽっかりとあいていた。ぺらぺらの体なのに奥行きがあり、とても奇妙だ。
 手に持った鍵を見比べると、鍵穴の大きさが合わない。クラブのトランプ兵の背中には、手のひらでもすっぽり、しかも肩まで入ってしまいそうなほどの大きな鍵穴が空いている。手に持っている鍵ははじめよりは大きくなってはいるが、それでも手のひらに収まるサイズだ。
 それでも一応、それ以外にできることはないので、作業中のトランプ兵の背中に鍵を差し込もうとした。
「あんた、だれだー?」
 どこからとも鳴く声を掛けられた。眠たそうな、面倒くさそうな、そんな太い男性の声だった。トランプ兵のほうから聞こえたが、声が違う。チシャ猫の声はこんなに眠たそうじゃない。
鍵を持つ手を下ろして、周囲を確認するが、何も見当たらなかった。
「あんた、だれ?」
「く、組子です」
 誰に聞かれているかわからなかったが、答えてみた。
「組子か。組子はどうしたいんだ?」
 眠たい声は足下から聞こえていた。
 トランプ兵がせっせと作業をしている木の下に15センチほどの大きなキノコが群生していた。
 そのうちの一本の上から細い煙が立っている。
 作業に夢中なトランプ兵を尻目にしゃがみこみ、よく観察すると、目の大きな芋虫が腕組みしながら、体と同じくらいの水パイプをのんびりとふかしていた。
 目が合っても、芋虫はゆっくりと煙を吐き出すだけだ。
 しばらく見つめ合った後、眠たそうな声でまた「組子はどうしたいんだ?」と煙を吐いた。
「あ、あの、あまりよくわかんないんです。鍵が合わないし、いや、なんで鍵をかけるのかもよくわからないし、えっと……」
 と口ごもると、
「そりゃいったいどういうことだね! 自分の言いたいことも言えんのか!」
 と急に厳しい声を出した。

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