藤木の国のアリス~伽炉瑠博士の忘却装置~

藤木の国のアリス ~伽炉瑠博士の忘却装置~ 27

まんまるの目は笑顔になると糸のように細くなった。細い隙間からは黒目しか見えない。
まだありすの頭の上にある手からはしっかりとした実在感を感じるのだが、その表情のせいか、きめ細かく白い肌のせいか、油絵のような印象を受けた。
笑顔で固定された黒目の隙間に落ちていってしまいそうな不思議な錯覚に陥っていると、泰葉と老人の言葉を思い出した。
“ありすちゃんに会ったら優しくしてあげて”
 確かに泰葉はそう言っていた。老人も似たようなことを泣きながら言っていたはずだ。
 目の前にいるのは泣き止んだばかりの少女だと思い直し、もう一度頭を撫でた。
「お姉ちゃんは?」
「組子だよ」
「へー、組子っていうんだ」
 組子はしゃがみ込み、ありすと目線を合わせた。
「いくつのなの?」
「七歳よ」
「私は17歳」
「じゃあ、10歳違いだね」
 少しの問答でやはりただの少女だと思えた。しかし、
「ありすちゃんはいつからここにいるの?」
 の質問におしゃまな様子で早口でしゃべるありすの言動で、組子の頭を撫でる手は少しだけ震えてしまった。
「それはわかんない。えーとね、チシャ猫はもう何十年にもなるって言っていたけれど、帽子屋さんは時計がずっと止まっているから時間なんて関係ないって言っているの。三月兎もそう言っているわ。あ、でもでも、チシャ猫は二人とも狂っているんだって言っていたの。あ、違った。ここの住人は皆狂っているんだって。うふふ」
 固定されていたはずの笑顔は「うふふ」の声と同時に真顔になっていた。それが歪で、先ほどの家の中の家具を連想させた。
 ありすは頭の上の組子の手を振り払うと、まずは自分に指を差した。
「だから、私も・・・・・・」
 そして、振り払われた弾みで、尻餅をついてしまった組子を指さし、
「あなたも狂っているの」
 と笑顔を作った。
「そ、そんなこと子供がいっちゃだめだよ。大人はいないの?」
 ありすは首を振り、目をまんまるに戻した。
「うふふ。淋しくなんてないわ。だって、一人じゃないもん。チシャ猫でしょ、白兎でしょ、眠りねずみでしょ、インコにアヒル、ドードーと芋虫とハトさんに、双子もいるし、公爵夫人、赤ん坊の豚さん、帽子屋、三月兎、フラミンゴにハリネズミ、王様、王子様、すぐに首を切れって言うような嫌な人だけれど、女王様もいるわ」
「そ、そう。楽しそうでよいわね」
 組子はなぜか逃げ出したくなり誤魔化すように言った。
「うん。楽しい! 退屈なんてしたことないの。グリフォンに乗ったり、海がめもどきの身の上話を聞いたり、イセエビのダンスを見たり、海の学校で見せ掛け算を習ったりもしているもの。それじゃ、私はお茶会に行ってくるわ。また来てね。お姉ちゃん」
 その言葉を言い終えると、ありすはそこから消え去った。立ち去ったわけではない。ぱらぱら漫画で急にいなくなったキャラクターのように、ぱっと消え去ったのだ。

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