藤木の国のアリス~伽炉瑠博士の忘却装置~

藤木の国のアリス ~伽炉瑠博士の忘却装置~ 23

 

機械の起動音が直接脳に響く。いや、そんな生易しいものではない。大きなパソコンの中に閉じ込められて、中からその起動音で揺れている感覚だ。基板にでも鳴った気分。先ほどまで聞こえていた泰葉の声も完全にシャットアウトされている。
歯医者の歯型を取る薬剤のような感触で顔全体が圧迫された。口元はヘルメットの外なので呼吸には困らないが不快感は半端じゃなかった。
ヘルメットの全てが頭全体に圧着されると、完全に音が消え去った。
ちょうど両目の部分だけが空洞になっているので目を開けることは出来るが、光源は一切ないので閉じているのと、さして変わらない。無音で無明。こんな状態で数時間でも放置されたら頭がおかしくなってしまうだろう。
パニック状態の一歩手前まで追い込まれたが、一歩手前でなんとか踏みとどまれた。
目の前に真っ青な光の画面が広がったのだ。
画面の上下左右に切れ目がなく視界を過ぎても繋がっているようだった。
VR映像の中に放り込まれたようだ。
目の前に文字が浮かんだ。
【忘却装置・起動準備】
明朝体で書かれた文字が点滅している。
しばらくすると文字が消えた。
一度、視界全体が真っ青な光で消灯すると、次に現れたのは360度パノラマの森。
呼吸のままならない鼻にかすかに土の香りがした。
視界の隅で何かが動いたのがわかった。その何かが画面の中央へと移動してくる。
ようやくそれが何かわかる位置までやってきた。
アニメで描かれた白ウサギ。トイレに書かれていたあのチョッキを着た白ウサギだ。
なにやら早口でしゃべっている。
「遅れちゃう! 遅れちゃう!」
白ウサギは画面の中央に来ると、背を向けて走り出した。
白うさぎに合わせて周りの森が動く。コンピューターグラフィックであることはわかるが、現実にしか見えない。背景が動いていることで、自分が白ウサギの後を追っているような錯覚に陥る。縛られているはずなのに、自分の足で動いていることを疑うことが難しくなるほどリアルな世界だった。
ウサギは大きな木の根元で止まった。
それに合わせて画面も止まる。
白うさぎは根元の穴を覗くとそこへ入っていった。
画面もそのあとを追うように動く。
画面は真っ暗になったのだが、なぜだか落ちている感覚があった。体に重力を感じるのだ。かなりのスピードだ。大げさでなく死を覚悟してしまうほどの長い時間、組子は落ち続けた。
不思議な感覚だった。
暗闇で落ちながら、無駄な思考が剥がれていくような、体を誰かに明け渡すと同時に、新しい体を得るような、なんとも言えない感覚で、落下を続けていた。
どれくらいたったかわからない。全身に雷が落ちたような刺激が貫いた。
強く目を閉じた。
そして、目を開けた。
もうわけがわからなかった。目を閉じていたのは一秒にも満たないはずなのに、状況は一変していた。