藤木の国のアリス~伽炉瑠博士の忘却装置~

藤木の国のアリス ~伽炉瑠博士の忘却装置~ 19

身長は泣いている老人のほうが高かったが、腰が曲がっているため組子が見下ろす形になっている。
「……あ、あの、私は泰葉の友達で……その」
「もしかしてありす? ありすなのかい? いや、まさかね、そんなわけないよね、だってありすはさ、もういってしまったのだから……あぁどうして」
老人は泣き崩れてしまった……と一瞬思ったが、すっと立ち上がると、颯爽と振り返り、扉を開けて出て行ってしまった。
どうやら、トイレに行ったようだ。
もう何もかも訳がわからない。昨日の二時間目から一つとして筋が通った事象が起きないのだ。
「よし! 倒した!」
後ろから聞こえたやはり筋の通らない泰葉の声に体が硬直する。
恐る恐る振り返ると、あちらこちらから立て続けに空気の漏れるような音が鳴り響き、大きな機械から生暖かい突風が吹いてきた。
心の拠り所のない体には一切の力が入らず、組子はその場にへたり込んでしまった。
ガチャリと小さな音がしたので音の方向に目をやると、泰葉の手かせ足かせが外れた音だったようだ。さらにモーター音と共に泰葉が被らされていたヘルメットが上昇していく。ヘルメットは後ろの機械に吊されるように付いていたようだ。
久しぶりに見たような気になってしまう泰葉の顔はなぜだか汗だくだった。
「ふぅー、今回は楽勝ね」
マラソンの後のようなどこか清々しい顔をしている。そして、組子の存在に気づいた。
「あれ? なんで組子がここにいるの? ん? 博士は?」
「……たぶん、トイレだと思う」
状況から推察し、今現在唯一自信のある答えを呟いた。あれはきっと博士だ。
「そう。あのさ、一つだけ確認していい? 私が組子をここに連れてきたわけじゃないよね?」
 首を振りながら、なんでそれを自分に聞かないとわからないのだろう? とぼんやり考えていた。もう好きにして。
 泰葉は椅子から立ち上がると両手を挙げて体をほぐし、組子の元へ歩き出した。
「あ、ちょっと待ってね」
泰葉は組子の横を素通りすると、大きな機械に向き合って、キーボードをカチャカチャと操作し、最後にパチンとエンターを押した。
部屋中の機械がブンと一唸りし、壁に掛けられた壁に掛けられた40インチほどの液晶画面に文字が表示される。
【忘却装置を終了しますか? YES  NO】
 カーソルがYESに合わされ、エンターキーが押される。
【内容を保存いたしますか? YES  NO】
 同じくYESでエンターキーが押された。
 すると、泰葉が括りつけられていた椅子の足元からガシャンと引き出しが現れた。引き出しの中で何か小さなものがカランと音を立てた。
「後ろ通るよ!」
泰葉は明るい声で再度、組子の横を通り過ぎて、椅子へと向かい飛び出した引き出しから何かを手に取ると、ゆっくり引き出しを閉めた。
泰葉が手に持っていたのは紅白の千鳥格子のカプセル剤。
なぜかため息をついた。
「結局、これを二回連続飲んじゃったのよねぇ。でも、捨て去るのはちょっと怖いし。ねぇ、組子だったらどうする?」
その声は組子には届かなかった。昨日から起きているわけのわからないことの総決算で考える力をなくしてしまったのだ。気を失うまではいかなかったが、目の焦点がどうしても合わず、ただただ呆然としてしまった。