藤木の国のアリス~伽炉瑠博士の忘却装置~

藤木の国のアリス ~伽炉瑠博士の忘却装置~ 17


組子はっとして周りを見渡した。
地下一階よりもさらに薄暗かった。間取りは先ほどの地下一階と似ている。しかし、このビルに地下二階なんてあっただろうか? フロアマップに書かれていなかったことは間違いない。
落ちてきた滑り台を見上げるが、上って上がれるような傾斜ではなかった。仕方なく立ち上がり、恐る恐る歩き始めた。歩いた先には地下一階と同じ場所に扉があった。
しかし、なのか、当然、なのか判断が付かなかったが、掛けられているプレートに書かれた文字は違った。

【伽炉瑠研究所】

「か……ろ……る?」
思わず口に出してしまったが、口に出してすぐに頭の中で訂正した。先ほどの滑り台の壁面に書かれた絵や泰葉が手に取った絵本のことを考えれば、かろる、ではなく、きゃろる、と読ませたいのだろう。ルイス・キャロルだ。
それにしても雑居ビルの地下に研究所?
扉に耳を押しつけてみる。中から物音が聞こえた……いや、声だ。それも泣き声。泰葉のものではない。男性の泣き声だ。
「ううぅ。どうしていなくなっちゃったんだ。ううぅ」
はっきり聞こえた。
どこかもわからないこんな暗い場所で男性の泣き声なんてものを聞いてしまったのだから仕方がない。恐ろしくて仕方なかった。
耳を離し、一刻も早くここから立ち去ろうと決意し、エレベーターを探すために歩きだした。しかし、残念なことにぐるりと回ると、また「伽炉瑠研究所」と書かれた扉の前にたどり着いてしまった。
上に向かう出口はあの滑り台しかなかったのだ。簡単に上れるとは思わなかったが、それしか他に道はない・・・・・・と思ったときだった
男性の泣き声に交じって女性の声が聞こえたのだ。
間違えるはずがない。
泰葉だ。そうよ、泰葉を探しに来たのよ、私は!
今更ながら思い出し、慌てて扉に耳を当てた。
「博士、また薬を飲んじゃったんだ。お願い。新しい薬を出して」
「うっうっうっ。これで最後だよぉ。ああ、どうして行ってしまったんだよぉ。ありすぅ」
 会話はしっかりと聞き取れたが、要領を得ないものだった。ただ、泰葉の声の響きは「ダイエット中なのに、また甘い物を食べちゃった」といった響きに似ていて、危機が迫っている様子は感じられなかった。しかし、会話の中に“薬”という危なっかしい言葉が入っていた。危ない薬だと直感で思った。
声に混じって、機械の作動音が聞こえた。大きな音だ。それに伴う振動が耳を引っ付けた扉に伝わってくる。パソコンを起動させた際の音と振動に似ている。もちろん遥かに大きいのだが。
その音に気をとられていたためだろう。足音が近づいてくることに気付けなかった。