藤木の国のアリス~伽炉瑠博士の忘却装置~

藤木の国のアリス ~伽炉瑠博士の忘却装置~ 15

仕方なくトイレに向かった。
しかし誰もいなかった。
一体どこで見失ってしまったのだろうか? トイレの中でしばし思案を巡らす。もしかしたら私の尾行に気付いて撒こうと、エレベーターで下に行ってすぐに、上に上がったとでもいうのだろうか? 尾行がバレているとは思えなかったので出した答えに納得いかなかったがそれ以外の答えは浮かばなかった。
用を足したわけではなかったが、一応、手を洗ってから外に出た。納得いく答えは見つからなかったが、泰葉を見失ってしまった事実だけは間違いなかったので、諦めてエレベーターのほうへ向かおうとしたときだった。
 奇妙な違和感があったのだ。
 現在、組子が立っている場所は女子トイレと男性トイレの間。ちょうど身障者用のトイレの目の前。この違和感の正体はなんだろう、とトイレのドアを注意深く確認してみる。
……絵だ。
身障者用のトイレの下に絵が描いてあるのだ。それは不思議な絵だった。
五センチほどの小さな絵。描かれているのはチョッキを着たウサギの後姿。ウサギの肩越しに懐中時計が見えている。頭に浮かんだのは先ほど見た、泰葉が飛び出す絵本を買っている映像。そのタイトルは「不思議の国のアリス」。
この絵は正しくアリスの冒頭で出てくるあの有名な白ウサギの姿だ。もしかしたら、この中に泰葉がいるのかも? と理にかなっているような、突拍子もないような、どちらともいえない奇妙な気分に陥ってしまう。
 扉を開けると、そこにあったのは取り立てて特徴のない手すりつきのトイレ。予想を裏切られる予想は裏切られた。無理やりトイレの扉の絵と泰葉を結び付けてしまったのだろうと反省した……が、トイレ内にも違和感があった。
視線で探ると、壁の右下あたりに小さなウサギの絵を発見した。今度のウサギは右を向いているので顔が確認できる。可愛らしいタッチの絵だ。鼻先にちょこんと乗っかった眼鏡がまた可愛らしい。そのウサギが右を向いているのでつられるように組子もその視線の先を追ってしまう。その先にはまたウサギの絵。その視線の先には用具入れがある。さらに、用具入れの扉には後姿のウサギの絵。どうやら先に進んでいるようだ。
組子は用具入れの扉を開いた。導かれているようだった。
中にはモップやブラシ、そして、白い陶器製のモップ洗浄用の流しがあった。その陶器の表面には小さなウサギが登っている絵が書いてある。流しの中に入ろうとしているようだ。出来の悪い騙し絵のようにも感じた。
 組子はまたウサギの絵があるのだろう、と予想しつつ流しの中を覗き込んだ。