藤木の国のアリス~伽炉瑠博士の忘却装置~

藤木の国のアリス ~伽炉瑠博士の忘却装置~ 9

強く抱きしめられた。
同じ涙なのにその成分が変化したのがわかった。悔し涙が嬉し涙へ変わった。
「俺さ、本当は今日、告白しようと思って呼び出したんだ。でも俺からは言えなかった。緊張しちゃってさ。ごめん」
 イオンショッピングモールの駐車場でキスをした。
ファーストキスだった。
イオンショッピングセンターが輝いて見えた。
そして、組子と和也はその日から恋人同士になったのだった。
嬉しくて、楽しくて、ふわふわした気持ちで何度もキスをした。
家に帰ってもまだその浮遊感は続いていた。家族との食事中ですら、にやけ顔を隠せないほどだった。
入浴中にようやく気付いた。とんでもないことになってしまった……いや、してしまった? 泰葉のことが頭の中から消えていた。いや、その表現は正確ではない。泰葉のことまで頭が回っていなかったのだ。
正解はわからなかったが、上せるほど湯船の中で考え込んだ結果、ことの経緯を正直に話すしかないだろうという結論に至った。親友に嘘を吐くわけにいかない。
 翌日の放課後、体育倉庫の脇で泰葉と話をした。話の途中ですでに泰葉は泣き出していた。その涙を見てようやく自分の浅はかさを思い知った。どこかで正直に言うことで認めてくれるのではいか、と都合の良い期待をしていたことを恥ずかしく思った。
「……どうしてそんな話になるの? おかしいじゃん。私、和也君のことが……」
自分にそんな資格はないと思いつつも、組子も泣いてしまった。
「ねぇ、なんで? どうして? 正直に言ってくれたら、私だって……」
「ごめんね」
「謝るなんて酷いよ。組子なんかに相談するんじゃなかった。抜け駆けされるなんて……私だってどうせ駄目なら告白してフラれたかったよ」
「ごめんね」
「……嫌い……組子なんて大嫌い」
泰葉は背を向けると走ってその場から一切振り向くことなく去っていった。
それ以来、半年間、前の席の泰葉は一度も振り向くことはなかったのだ。
口を利いたのも今日がそれ以来初のことだった。
しかし、目の前の泰葉は「ねぇ? どうして組子と和也君が付き合っていると私が怒らなきゃいけないの?」と本当に不思議そうな顔をしている。さらには「まさか、私が和也君が好きだったとか?」と真顔で聞いてくるのだ。
 言葉に詰まるだとかそんな生易しいものではなかった。泰葉の言葉は音として鼓膜を振るわせるが、その意味が頭の中に入ってこなかった……ただ、唯一つ、今の状況の答えの候補が頭に浮かんでいた。しかし、それは“泰葉が和也のことを好きだったことを忘れている”なんて荒唐無稽なものだった。
「……好きじゃなかったの?」おそるおそる聞いた。
 泰葉は噴出すように笑った。