考察

相模原の事件に対して福祉施設施設長が思うこと (ググる前 3)

世界が少しでもよくなりますように。
利根小次郎です。
これは2017年8月15日に書いた記事になります。
前回の相模原の事件に対して福祉施設施設長が思うこと (ググる前 1)より半月後の記事の後編です。。

措置入院

植松聖という人物について。

彼のパーソナリティについてはあまり調べてないので、その後の記事で触れることになると思うが、ここでは割愛させていただく。彼の狂行が、彼の思想によるものか、病気によるものかの判断についても同様とさせていただく。

ただ一点。
頻繁に論じられる問題点がある。

大麻の陽性反応と他害の危険から措置入院になったが、2週間ほどで退院し、その後、比較的すぐにこの凶行に走っているという点についてだ。

措置入院とは、簡単に言うと、本人、保護者の意思でない入院のことだ。強制入院と言った意味合いに近い。権限が知事にあるため行政措置となる入院。こちらの制度についてもいずれまた詳しく。

彼の退院の是非については賛否でいうと否が多いという印象とがある。
しかし、この見解についても私は少し世間とずれている。
実際、精神疾患を患っている方で、他害願望を口にする方は多い。しかし、実際に凶行に及ぶ人は極端に少ない。
退院を決定したのに、反抗に及ぶほどの症状が残っていたのだから、その意思決定にミスがあり、責任があるのではないか? という見解があるだろう。
しかし、私は、そもそも、彼の凶行は精神疾患によるものかどうか? というところがどうしても気になる。
この先の見解については調べた後の記事でさらにふれることになるだろう。

このままでは精神障害者がその症状を原因とし、重度知的障害者を殺害した、という事件になってしまい、原因が障害となってしまう。
果たしてそれが正解なのだろうか?

つまり

まだまだ語り足りないのだが、調べる前に長々と話しても仕方がないので、ここでググる前の私の意見を一度まとめさせていただく。

今回の事件についての考察としては、

1・極めて防ぎにくかった事件である。
2・福祉現場の労働環境の悪さ、人員不足が一つの要因である
3・植松被告が凶行に至った原因は彼の障害に起因するのではなく、そもそものパーソナルな部分ではないのか?

といったところか。えらく簡単に言ってしまったが。

ここまでの総括

障害福祉は今、施設から地域へ、をスローガンに開かれた施設、事業所を目指している。
開かれた事業所での地域住民との交流が障害福祉への理解へ繋がり、差別や偏見を小さくしていくはずだ。
差別や優生思想がこの事件の原因の1つだとしたら、地域理解を深めることも解決策の一つではないだろうか?
彼は色々な夢や希望に敗れた後に、重度障害者と接し、極端な思考に至った。
もしも、物心つく前から当たり前のようにそのような方たちと接していたとしてもこんな考え方に至っただろうか?
人類が誕生して以来、障害者がいなかった時代などないはずだ。

この事件は防げなかったと思う。
しかし、もしかしたら無くせるかもしれない。
かなり希望的観測が強い綺麗事であるが、それでも私たちはやはり事業所を地域に向けて開いていかなければならない。
そして、強く思うこと。
この事件をきっかけにまた閉じていくことだけは避けねばなならないということ。
防犯性を高めることと、福祉現場へ鍵を締めることは違うのだということは肝に命じて今後も仕事に取り組みたいと思う。

よし、事件を調べようか。
自分の意見の何が正しくて、何が間違っていたのか、そして、何をするべきか。
ともに考えましょう。

読んでくださりありがとうございました。