藤木の国のアリス~伽炉瑠博士の忘却装置~

藤木の国のアリス ~伽炉瑠博士の忘却装置~ 4

「ハートの5って言ってもわからないわよね? ごめんねー」
「ハートの5って何? トランプのこと?」
「正解! よくわかったわね」
泰葉は小さく拍手をする。やはり機嫌は良さそうだ。
組子はますます混乱してしまう……つまり、トランプで切ってしまったということだろうか? 紙で指先を切る要領で……あの大きな傷が? あの場所に? まさか。
そんな疑問を察する素振りもない泰葉がはっとした表情で口を開いた。
「あ、そろそろ戻らないと。次、体育だし。バドミントン一緒に組もうね」
もちろん腑に落ちたわけではなかったが、それ以上の追及は諦めた。藪蛇を突いて蛇が出てきたらたまったものではない。
結局、バドミントンでもダブルスを組み、見事なコンビネーションで三戦全勝し、半年振りに二人で帰ることになった。
例の話は未だに出てこない。
並んで帰っている間も話題は尽きなかった。サッカー日本代表のカッコいいFWのこと、ニュースでやっていたこの界隈で起きた殺人事件の噂話。
そして、ついにそのときがやってきた。
「ねぇ、組子、そういえば和也君とはどうなの?」
野球のだまし討ちでアウトにされたときように初めは何が起きたのかを理解することができなかった。なぜか泰葉は笑顔だった。
返事に詰まる。胃からキリキリとした音が聞こえそうだ。
そんな最中、鳴った携帯電話が着信音に心臓が破裂するかと思った。
この時間に電話を掛けてくるのは大抵、和也だ。
組子のミスはマナーモードに設定しなかったこと。
着信音が鳴り続いているにも関わらず電話を取ることが躊躇われた。
泰葉の前で和也と話すわけにはいかない。
それはひどく不自然な行為だった。
「どうしたの? 電話鳴っているよ?」
不思議そうな顔で聞いてくる。
「ああ。そうね」
組子は“どこに携帯電話をしまったっけ?”なんて演技をしつつ、ポケットやらバッグやらを漁った。そうしているうちに着信音は消えた。続けて“ようやく見つけたけれど、間に合わなかった”という演技をしながら携帯電話をバッグから取り出した。
「えへへ、駄目だった」
「掛けなおさなくていいの?」
「うん。帰ってからでいいの」
取り繕うように言うが、整合性が取れているか不安だ。それにしても泰葉の表情から思い描くような感情が読み取れない。不安と不思議の間をふらふらと歩いている気分だ。
携帯電話をバッグに戻そうとしたその瞬間、再度携帯電話から着信音が鳴り響いた。
「……もしもし」さすがに出ざるを得ない状況だった。
『あ、組子? 今大丈夫? 明日のことなんだけどさ』
何も知らない和也の声は穏やかで苛立ちすら覚えてしまう。
「ああ、本当? それじゃ、またあとで掛けなおすね」早口で伝えた。
『え? 何言っているの?』
「うん、はい。了解。あとでね」
一切話を合わせずに電話を切った。
泰葉に電話の相手が和也だと悟られないため安っぽい偽装工作を行うと、その場で立ちすくんでしまう。足に力が入らなかった。