藤木の国のアリス~伽炉瑠博士の忘却装置~

藤木の国のアリス ~伽炉瑠博士の忘却装置~ 2

忘却装置・取扱説明書 前文

思い返してみると全ては必然だった。
私が自分の症状を自覚したのは中学生の頃のことだ。
もちろん、それ以前から違和感はあった。ただし、その違和感が何によるものかがわからなかったので、厳密に私がいつからその症状に悩まされ始めたかは定かではない。
症状というのは実に不思議なものだった。
何しろ「物の大きさ、距離感が一定に感じられない」というものなのだ。
しかし、あくまでも自分の目を通して見た世界の症状であるがゆえ、誰かと比べることもできず発覚が遅れてしまったのだろう。
日常生活に全く支障をきたさなかったか、といえばそうとも言い切れないが、それなりに日々を送ることは可能だった。結局、騙し騙し生活してしまい、例えば精神科への受診等の適切な処置をとらなかったので、その症状の名を知ったのはインターネットが普及した高校生のころのことだった。
17歳の冬の寒い日だった。ふと自らの症状をパソコンの検索バーに書き込み、検索した結果、私が悩まされていた症状が《不思議の国のアリス症候群》というものに似通っていることまでは突き止めた。ただ、それでも通院をすることはなかったので、もしかしたら違う病気だったのかもしれない。
完治してしまった今はそれを確かめる術もない。
元々、私が子供の頃住んでいた東京の片隅にある街には当時、不思議の国のアリスをモチーフにした巨大迷路のアトラクションがあったこともあり、その童話は私にとって馴染み深いものであった。そして、その症状の名を知ってからはさらに不思議の国のアリスという物語を他人事とは思えなくなってしまった。
いつしか、私は歩くルイス・キャロル博物館というくらい彼の作品を読み込んでいた。
不思議の国のアリス。鏡の国のアリス。スナーク狩り。シルヴィーとブルーノ。
若いころに悩まされた症状、ルイス・キャロル、人生を変えてしまうような出会いも含めて私の人生の全ては、まるでよくできた戯曲のように、アリスとの出会い、別れ、そして、この忘却装置を完成させることに繋がっていたのだと思う。
志半ばで、伽炉瑠博士に全てを託してしまうことは心苦しいが、もう私自身のタイムリミットは近い。
私の中から愛しい、可愛らしい、愛くるしいアリスとワンダーランドの記憶が消え去ってしまうまで、もう幾日も残されていない。
その日が来る前にここに全ての経緯とこの忘却装置の取り扱い方法を記しきることを決意して筆をとることにした。その頃には私という人間は消え去ってしまうだろう。
本当に申し訳ないが、その後は伽炉瑠博士に全てを託す。
私たちの天使、アリスのために。

20××年・12・24 クリスマス・イブ
藤木由紀夫