こっち向いて! たっけー☆☆  立ち読み

こっち向いて! たっけー☆☆

プロローグ・「特殊生命体・遊流迦羅」

日本という国の成り立ちには神道という宗教が多分に影響を与えたという。

その結果、唯一神を持つ諸外国とは違い、万物に神が宿り、八百万の神がいる国となったのだ。古事記の時代から、脈々と受け継がれていったそんな信仰は、いつしか文化とまで呼べるほど、日本人の心に根付いた。

さらに無生物にさえ神が宿るという考え方は、現代日本の物を大切にするという国民性を育んだ。それを証拠に、たとえば自然現象を具現化したり、生活品を象った妖怪などがファニーに描かれたりするのも日本ならではだろう。

……そして、根付いた文化は、ある日、突然、唐突に、ダーウィンだのなんだのが言っていた進化論を根底から覆し、生命というものの定義をぶち壊した。

文字通り生命の概念が崩れ去ったのは、極最近、2000年前後のことだ。

なんと大型のヌイグルミのような“生命体らしきもの”が日本各地に同時多発的に発生したのだ。

それらは自らを“遊流迦羅(ゆるきゃら)”と名乗った。

遊流迦羅は姿かたちも千差万別でおおよその共通項すら存在しなかったが、強いてあげるならば、遊流迦羅は、地域や企業、イベントなど人の思いが集まる場所に発生するということだった。

このことから遊流迦羅は、人の思いの集合体が実体を、さらには意思を持ったものと推察されており、特殊生命体として学者はその生態を大別している。とどのつまり、それは、どこにも大別できないことを意味しているとも言える。

そもそも生命とはなにか、ということはなかなか定義し難い問題ではある。病原菌や、周囲を巻き込み燃え広がる炎、学習し変化するコンピューターウィルスさえ、生物学者の間でもそれが生命かどうかの議論が尽きないという。

しかし、遊流迦羅の存在は、そういった議論の外の話だ。無機物に神を見出すこの国でしか起こりえない現象に違いないだろう。

遊流迦羅は数年経つと、市民権を得るようになり、日本語をしゃべり、テレビタレントのように振る舞うものもいれば、地域社会へ参加をし、その発展のためにひと肌脱ぐものまで千差万別、まさに八百万の生態を持った。

海外からは、未だに人が入った着ぐるみだと思われているが、おそらく海外でも物に神を見る文化が根付けば数千年の時を経て、同じように特殊生命体、遊流迦羅が誕生するはずだ。

ああ、申し訳ない。

自己紹介がまだだった。

私の名前は裕次郎。年齢は35歳。売れない作家だ。作家業で足りない分の生活費は他の仕事で賄っているのだがそれは今はどうでもよい話だ。

私は東京都下の福生市という米軍基地のある小さな町で育った。

福生市にも特殊生命体・遊流迦羅は一人? 一匹? まあいい。ともかく一種、存在している。

名は“たっけー☆☆”といい、☆の部分は読まない。

福生市で60年以上の歴史を誇る七夕まつりの竹飾りの妖精だとのことだ。

その姿は遊流迦羅の中でも特異で、なんと緑色の筍のような形をしているのだ。

身長は2m近いが、手足は人間のそれと比べると非常に短い。その短い両手には、短冊がついていて、ハイタッチをすると願いが叶うと言われている。ちなみに遊流迦羅の性別については、未だ議論があるが、彼は男性である。

色々と突っ込みどころは満載ではあるが、たっけー☆☆は地域に根差し、発展のために尽力するタイプの遊流迦羅で、福生市ではなかなかの人気物なのだ。

今日、私が、久しぶりに福生市に帰ってきたのは、数年ぶりに七夕まつりに参加するため……そして、たっけー☆☆と再会するためだった。

JR福生駅を降りると、例年になく盛り上がっているのか、日中にも関わらず、まっすぐ歩くことも困難なほどの人出があった。

老若男女の賑わうお祭り会場の人並みをかき分けながら歩いた。

懐かしさが胸にこみ上げた。

祭りの様子も当時と比べれば、的屋が減り、街の店の出店が目立ち、原風景ともいうべき子供の頃の七夕まつりとは厳密に言うと違うのだが、変わらない賑わいと特有の匂い、そして、気温の高さと、よく晴れた空に、否が応でも当時の記憶を呼び起こされた。

ふと瞼の裏にある少年の姿が浮かんだ。

途端に視界が湿り気を帯びる。

私は人ごみの中にも関わらず涙を流してしまいそうになってしまった。

しばらくこの街に帰ってこなかったのには理由があった。

あの日の彼の行動の背中を押した私の判断が正しかったのか、それとも間違っていたのか、その答えを知ることが恐ろしかったのだ。

もしも、判断が間違っていたとしたら、私はこの先どう生きて良いかわからなくなってしまう。正直なところ、今でも、時折、あの日、彼を諌められなかったことを後悔してしまうことがある。
しかし、答えをこれ以上先延ばしにしてしまうことは不可能だった。

後悔の念が私の精神を崩壊させてしまう……そんなことは彼も望んでいないはずだ。

結局、私はここに積極的に答えを出しにきたわけではなかった。ただ、逃げるのを辞めただけに過ぎなかった。

空いている屋台を見つけ、フランクフルトを購入し、かじりながら屋台の間を歩くと、福生市役所が見えてきた。

小さな人だかりできている。

遠目からでもわかった。

緑色の筒状のシルエット。

人だかりの中心には人気者のたっけー☆☆がいた。

思わず食べかけのフランクフルトを落としてしまった。慌てて拾おうとするが、人ごみに流され、フランクフルトはすぐに見えなくなった。

フランクフルトを拾うことを諦めても、立ち上がることができなかった。

……たっけー☆☆の前で、泣き顔を晒すわけにはいかない。

「たっけー。俺は、今、それなりに幸せだよ。お金はないけど、約束通り、大切な“あいつ”に淋しい思いをさせていないよ。まあ、不満は山ほどあるけど、良いこともそれなりに起きるんだ」

気付くと私は独り言を言っていた。

アスファルトに涙の粒が落ちた。

そのとき、幸運にも夕立がやってきた。

周囲の人たちが、雨をやり過ごすため、道の端の軒下に避難していった。

気付くと大通りには私一人となっていた。

森に木を隠すように、涙を雨に隠せたことで、なんとか立ち上がることができた。

――真実を怖がってはいけない――

覚悟を決め、大通りの先に目をやると、雨の中、たっけー☆☆が一人こちらを見ていた。そして、目が合うと、彼は言った。

「雨に濡れてしまうから、どこかに避難したほうがいいたっけー」

呑気な声を聞いた私は、夕立に隠れてまた涙を流した。

しかし、表情までは隠せなかった。

「悲しいことがあったっけー? でも大丈夫! ハイタッチして、元気になるたっけー! 君の悲しみが消えるように願い事をするたっけー!」

雨の中、たっけー☆☆は笑顔で私に向かってゆっくりと歩いてきてくれた。

私の記憶の中に存在している彼ではないはずなのに、その優しさだけは変わっていなかった。

一年間彼と共に過ごしたが、たっけー☆☆の記憶の中には私は存在しない。それだけは紛れもない事実だった。しかし、私の中で、彼は、まるで、ドーナツの穴のように、存在しないことで、大きな存在感を示していた。
「……でもね、たっけー。本当は君とずっと一緒にいたかったよ」

私だけが知っていた。なぜ彼が人々の願いを叶えるハイタッチをしているのかを。どうして、こんなにも優しいのかを。そして、人知れず、彼が世界を救ったことを……そのために支払った代償のことを。

遠ざけていた記憶がたっけー☆☆が近づいてくるごとに、夕立に乗って押し寄せてくる。

私には抗うことができなかった。

恒吉豊竹(つねよしゆたけ)との思い出を振り返ることを。

そして、その幸せな記憶と、後悔を切り離すこともできなかった。

「たっけー……待たせたね。ようやく会いに来たよ」

そう。あれは二十数年前の旧暦の七夕の夜だった。

第一話・「ヒーローになれますように」

27年前、私はまだ8歳の少年で、恒吉豊竹は一つ年下の7歳の少年だった。

一応、私のほうがお兄さんなので、彼は私のことを裕次郎君と呼び、私は親しみを込めて“たっけー”と呼んでいた。

それは8月の息苦しくなるほどの暑い夜だった。

続きはこちからから。
http://sid-and-nyancy.jimdo.com/novel/

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