☆立ち読み☆アンダーハーツより愛を込めて

underherts

イントロダクション?

その男は細く長く、そして美しい指を持っていた。
明かり一つない密室の中、その指で手に入れたばかりのノートパソコンに電源を入れる。“ブンッ”と重たい音が鳴るとそれに続けてノートパソコンの内部からカチャカチャとせわしない印象の音が聞こえてくる。
懐かしい感覚のせいか男の胸の中に米粒ほどの期待が膨らんだ。しかし頭を左右に揺さぶり、自らに“世界に期待するのはもう止めろ”と言い聞かせる。
「……そうさ、どうせ希望を持った数だけ絶望しなきゃならないんだ」小声で呟いた。
モニターに明かりがともると、墨汁の海のようだった密室の内部に緑色の光で輪郭が生まれる。そこには何か一つでも存在しなければ成立しないほど、必要なもの以外何一つなかった。
男は正規の品ではない部品をノートパソコンのUSBポートに差し込み、それを介しインターネットに接続する。インターネットに接続するとすぐに紹介制のSNS(ソーシャルネットワークサービス)に繋ぎ、またしても正規のものではない方法でアカウントを手に入れる。
その指はしなやかに動き、地球上のどんなピアニストよりも優雅にキーをタッチした。そして、その指でプロフィールを入力し始めた。

“僕はいまとても苦しいです。
辛いことが立て続けに起きてしまいました。
起き過ぎました。
あまりにも起きすぎました。
僕にはもう耐えられません。
なので、僕はもう耐えることをやめようと思います”

男は一ヶ月前まで“愛”というものを信じていた。例えば空に雲があるように、ごく自然なものとして捉えていたし、例えば食器棚の目立つ所に飾ったグラスのように物質的な宝物としてさえ捉えていた。しかし“愛”の存在はまやかしだった。座敷童子やぬらりひょんといった、居るはずがないのに名前を持つ妖怪のように馬鹿馬鹿しい戯言でしかなかったと学習した。
男は何もかもがどうでもよくなった。何もする気が起きなくなり、本当に何かをするという行為を辞めた。そして、それから一ヶ月後の昨日、何もかもを破壊してやりたくなった。しかしながらと言うべきか、もしくは当然と言うべきか、個人が何もかもは破壊できるわけがない。
男のしなやかだったキーボードを叩く指の動きが止まる。
プロフィール欄の空欄はハンドルネームのみとなっている。
しばし悩む。しかし、二分ほどで“まぁいいか”と自らの名前をもじり、

【NAME・輝飛】

と入力した。
“輝飛”はすでに体のいい破壊の対象を決めていた。そして破壊の対象をもっと深く知ってからは介しつくしてやりたいと考えたためSNSを始めたのだった。
「……ぶっ壊してやる。バラバラになったら、その後でさらに切り刻んで磨り潰して粉々にしてグチャグチャにしてやる」
手始めに輝飛は日記を書いてみた。

チャンネルをニュースに回す。流れてくるのは嫌なニュースばかりだ。やれイジメで子供が自殺しただの、やれ痴情の縺れで人を刺しただの、やれ戦争だの、やれ飢えで苦しむ子供だの。
オレは寝転がってポテトチップスを摘みながらテレビを見ている。しかも半分も食べてないのにもうこの濃い味に飽きている始末。おそらく食べきれずに捨ててしまうだろう。そのせいかテレビ画面に映るガリガリに痩せ細った子供の顔を直視することができなくなってしまったが、それも一瞬のことで結局、惰性でポテトチップスを食べる手を止めることはしなかった。
“幸せ”っていう言葉はピンとこないが地球規模で相対的に考えてみると、オレはかなり“幸せ”な部類に入っているのだろう。寝る場所もあるし、着るものもある。贅沢さえしなければ食うことにも困らない。こんなニュースを見ていると、実感するとまではいかないが漠然とはそう感じる。
ニュースはさらに気が滅入るような情報を垂れ流してくる。隣の国の政治が悪くて親のない子供たちが道端で暮らしているとのことだ。完全に政治が一部の特権階級が贅沢するためだけに存在している。綺麗な服で奇妙なダンスを踊る作った笑顔の子供と、凍傷が悪化し足が腐った痩せた子供。痩せた子供はシケモクをふかし、隣ではもっと小さな子供が倒れて動かない……死んでいるのだろう。
テレビの中のことっていうのは決してテレビの中だけのことではない。同じ地球上で現在起こっているリアルなのだ。当たり前のように死んでいく子供たちがいる事実は確かに心が痛む……がしかし、ピンとこないのも事実だった。
なにしろ、世界では今も子供たちが食うものも食えずに死んでいっているというのに相対的にはかなり“幸せ”である国に暮らす自分は暖かい布団でゴロゴロしながらも人生に不満だらけなのだ。なんだか釈然としない。なんだかゲロ吐いてしましそうだ。まったくオレってやつはなんてアレなんだろう。とりあえずオレはもう飽きて食う気をなくしていたポテトチップスを無理やり全て食べつくした。あんな子供たちを見たあとでなんだか捨てるのもアレだしね。別にアレがどうってわけじゃねぇけど、せめてね、なんてね。
ゆっくりと振り向き時計を見る。バイトの時間が迫ってきていたオレはようやくパジャマを脱いだ。

時刻は夜の七時。
九月半ば。原付バイクはブモーと間の抜けた音を出し走る。夏の暑さもひと段落し、バイクで外を走るのが気持ちの良い季節になった。むしろ今日みたいに風が強い夜だと少し肌寒いくらいだ。しかしバイト先であるコンビニエンスストアに遅刻しそうなのでアクセルを捻りスピードを上げる。いい年してフリーターのオレは尚更肌寒く感じてしまう。

高校を卒業したあと勉強が嫌いなオレはすぐに就職した。自分が何をしたいのか、何もビジョンがなかったのだ。だからとりあえず金を貯めようと思った。何か明確に自分のやりたいことが見つかったときにある程度でもまとまった金があればすぐに実行に移せるだろう、とオレにしては意外と深く考えた末の結論だった。職場は眼鏡やコンタクトレンズ等のレンズを主に作るガラス工場。工場の敷地は広く野球場が二つ入るくらいで、従業員も200人近くいただろうと思う。オレが働いていたのは“エンド”と呼ばれる部署。
巨大な炉で溶かされた、ドロドロのガラスが円形に成型されたものがベルトコンベア上に落とされ流れてくるのだが、それをその最終地点でそれを取り出して検査し、梱包する部署。その工場内では最後の行程だ。それを海外の工場に送り、さらに細かく検査する。ちなみに他の部署で何をしているかは全く知らなかった。
ともかくオレの働く部署は溶鉱炉の影響で、まさに茹だるような暑さだった。その中での肉体労働は過酷であったが、仕事自体には特に不満はなかった。職場の雰囲気にも満足していた。明らかな元アウトローや、体中に墨が入った外国人、学生時代いじめられっ子であっただろう人、地方から職を探して出てきた人等々とてもバラエティに富んだ面子であり、その全ての人たちが本当に優しくいい人だった。給料は安かったが、実家暮らしだったのそれなりに貯金する余裕くらいはあった。
しかし、十ヶ月で……結局オレは一年も経たずに辞めてしまった。
原因は勤務時間帯だった。三交代制で朝番二日、日勤二日、夜番二日、で休みが一日、というシフトの繰り返しであり、昼夜逆転ならまだしも昼夜がヒッチャカメッチャカになってしまったことが全ての引き金だった。元々寝つきの良くなかったオレは明らかな睡眠障害に悩まされるようになってしまった。いつしか丸一日寝ていなくて死ぬほど眠い状態であっても眠れない、といった状態に陥った。睡眠が足りていないだけで人間は正常な判断が出来なくなる、ということをそのとき始めて知った。そして恒常的に睡眠が足りていないと人間の中からは余裕が消え去ってしまう……もしかしたら、だらしのないオレだけに限ったことのなのかもしれないが。
当時付き合っていた彼女がいた。ある程度将来のビジョンが固まり、収入も安定したら結婚できたらいいな、なんて思い始めていた彼女をオレはフッた……眠かったのだ。本当に眠かったのだ。会ったり、電話したり、メールをしたり、そういったことをしているときにもしも眠れたら一時間でも眠りたかった。眠れないのが彼女のせいに思えきてしまった。彼女の些細な行動の端々に嫌悪感が沸いてくるようになってしまった。そして会わなくなりメールで別れを告げ、その恋は終わった。
オレは眠かった。悲しいほど眠かった。そしてそれを嘲笑うかのように眠れなかった。いつしか仕事にも身が入らなくなった。彼女との結婚を目指し、働き、何かやりたいことが出来たら勝負する、その目標がなくなってしまった……と、また彼女のせいにしてオレは仕事を辞めることにした。そして何より眠かった。
職場の皆に申し訳ない、という気持ちを持ちながらもオレは辞表を提出した。何しろ皆と同条件で働いているのにも関わらず根をあげたのだから。
貯金は150万ほど貯まっていた。遊ぶ時間もあまりなかったし、彼女と別れてからは本当に外出しなくなったからか、自分でもそれほど金があることに気付かなかったくらいだ。
仕事を辞めたオレは終日寝倒した。朝も昼も夜も眠れるときは眠った。あとは何もしなかった。復讐するかのように眠りつくした。するとようやく正常な思考が出来るほどに回復することができた。そこまでになるのに三ヶ月の時間を要した。そして彼女と別れたことに酷く後悔している自分に気づいた。意識もせずに涙を流していることすらあった。
その後の一ヶ月は規則正しいものだった。夜の九時に寝て朝の七時に起きる。そして、彼女と別れたことを悔やむ。そして九時に寝て七時に起きる。その繰り返しだ。この一ヶ月が追い討ちをかけるかのようにさらにオレの人格に大きなダメージを与えた。
気付くと全てに対してやる気が消え失せてしまっていた。飯を食うのも面倒で、息をすることすら億劫になっていた。
何もしなかった。本当に何もしなかった。そのうちに無職の状態で親と暮らすのが気まずくなってきた。
部屋を借りた。オンボロ安アパート暮らしだがそれなりに満足出来た。一人で誰にも邪魔されない空間はオレを癒してくれた。しかし貯金額が如実に減った。
周りの皆のように毎日しっかりと働く気にはまだなれなかった。真剣に仕事に向き合う勇気が湧かなかったのだ。
家賃が払えるくらいの必要最低限の収入と出来れば食費が浮く適当なバイトを探し、コンビニエンスストアを選んだ。当然静かな深夜枠を。
それからなんだかんだでコンビニエンスストアでのバイトはもう三年目。息吸って吐いて飯食ってクソして寝る。その繰り返し。本当に何も起こらないままオレは二十一歳になってしまっていた。大学生の友達は就職活動で忙しいようで、専門学生の友達は勉強した職種につき、愚痴りながらもオレからしたら充実した日々を送っているように見えた。
“オレ、いったい何をしているんだろう”
三年間、週に4回。バイトが始まる前の三十分はいつでもそんな悩みに脳みそを支配される。
オレはいったい何がしたいのだろうか? わからない。
このままで良いのだろうか? 良いはずない。
ならば何かをするのかい? ……いや、何もしたくない。とりあえず家賃が払えればいい。
そして、いつも“頑張りはしないけど、それなりにやろう”といった結論に落ち着く。死にたくはないからね。それに相対的に見て幸せなオレの暮らすこの国、今の時代ならば一人でならなんとか生きていける。頑張らなくてもご飯が毎日食べられるくらいならば。

信号待ちで止まった俺の脳裏にさっきニュースで見た隣の国の子供がチラつく。
かわいそうに。君は今のオレを見たら涙が出るほど羨むだろうね。君よりも頑張っていないオレが幸せに生きているんだから。やはりオレは幸せなんだ……オレは幸せか? ……やっぱりゲロ吐きそうだ。

続きが読みたい方は↓のオフィシャルHPへ。
http://sid-and-nyancy.com

SID&NYANCYショップ(本当はヤフオク)
http://openuser.auctions.yahoo.co.jp/jp/user/sid_and_nyancy

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☆立ち読み☆アンダーハーツより愛を込めて” に対して1件のコメントがあります。

  1. 通りすがりの読者 より:

    「破壊」が「は介」なのは僕の勘ぐりでしょうか?

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