立ち読み☆心臓ジェット☆三作目

表紙カバー7

そして、私は学校から帰宅すると、リビングで、ありきたりのスナック菓子を食べながらテレビを見たり、部屋に篭り、誰にも知られないように絵を描いたりするような、本当にどこにでもいる十四歳に育った。

校則に逆らって髪の毛を茶髪にすることにも興味はなく、だからと言ってアニメのキャラクターに扮装して写真を撮るような趣味もない退屈なくらいごく普通の女子中学生だ。

……あの件さえ、そう……あの件さえなければ。

思い当たる節は二つある。

まず、父が付けた“見空(みそら)”という名前だ。なんでも、俯かずに空を見上げて生きていく明るい女の子に育って欲しい、という理由が込められているとのこと。酔っ払った父の言ったことだから真偽のほどは定かではないが、事実、幼少の頃から頻繁に空を見上げる少女であったのは確かだった。

さらに、私が生まれ育った街には米軍基地があった。そのため、空を見上げると、いつでも飛行機が目に入り、物心が付く頃には、頭上に轟音を響かせて飛んでいても意識することすらなくなるほど、この街には飛行機が日常に溶け込んでいたのだ。それが二つ目。

しかし、酔っ払った父親の戯言同様、この二つの理由も“あの件”の原因として確信できるほど強固なものとは思えなかった。それでも他に理由が見当たらなかったので、私はこの二つが重なったことが原因なのだろうと考えることにしている。

そのことを初めて意識したのは小学校の三年生の冬。

理科の授業中でのことだった。授業の内容は蛙の解剖。

私の通っていた小学校では実際に解剖は行わず、ビデオを鑑賞するだけのものであった。正直、頭を切り取られてもビクビクと動く蛙の姿はグロテスクにしか感じられなかったし、生きていたものが死んでいく様を見ることには強い恐怖心を覚えた。中には“命”というものを考える良い機会になったと言うクラスメイトもいたが、今でもトラウマになっている人のほうが遥かに多い。

しかし、私はそのどちらでもなかった。それどころではなかったのだ。

人間の体の中にもビデオで解剖された蛙と似たような臓器があるという。……私は、なぜかそのことが強烈に腑に落ちなかったのだ。

いったい何がそこまで納得がいかなかったとのか?

それは“心臓の形”だった。

焼肉屋で大人が頼む噛切れないお肉のような心臓の造形に激しく違和感を覚えていたのだ。そんなものが私の中にあるとは、どうしても思えなかった。

胸に手を当ててみてもやはり実感は湧かなかった。

事実、血液を体中に送る深く小さな振動がその手に伝わってはきたのだが、やはり、私の中にはあんなものはなかった。

その日、初めて私が心臓をどんな形だと捉えているのかを真剣に考えてみた。

胸に手を当てたまま、目を閉じて頭の中に心臓をイメージしてみる。

真っ暗闇のキャンパスに、ぼんやりと私のイメージする心臓の形が浮かび上がってきた。今まで意識したことがなかったせいか、初めは、コンタクトレンズを外して物を見ているときのようにぼやけていたが、それでも目を細めて遠くの文字を読む要領で必死に浮かんだイメージをその暗闇に投影していった。

しばらくすると、まだまだはっきり見えるとは決して言えなかったが、ただ、なんとなくシルエットは掴めてきた。

……恐らく流線型だ。

そこからは自動的に脳が働いた。頭に思い浮かべた、そのぼんやりとしたイメージと近いものを記憶の中にあるものと照らし合わせていく作業が始まる。意識と無意識との共同作業だった。

そして照合結果はすぐに出た。暗闇を白く切り取った、切り絵ほどの精度ではあったが、流線型のボディには両翼が確認出来た。さらに、確信は持てなかったが……なんと、操縦席のようなものまで見えていた。

……非常に残念な結果だった。

私はなぜか、心臓の形を“飛行機”だと思っていたのだ。表には出さなかったが、内心では相当慌てふためいていた。心臓の形を飛行機だと思っているような人間なんて、この世の中に私以外にいるのだろうか? いや、いるはずがない。何しろ教科書の先のページには人間の心臓の写真がきっちりと載っているのだから、なんて風に。

当時から比較的冷静だった私は教科書の全てを信じていたわけではなかったが、さすがにこの程度のことに嘘があるとは思えなかった。ただ、どうしても私には(他の人のものはともかく私の心臓の形に限っては)非常に残念ではあったが、飛行機の形をしているとしか思えなかった。

そんな自分が、どうしようもないアホに思えた。

なにせ“心の形”とかそういったメルヘンチックなものではなくて、“心臓の形”が“飛行機”なのだ。可愛げもクソもない。

その後、その件で泣きそうになったことは一度や二度ではなかった。しかし、それと同時にその飛行機のことが酷く気になりだしたのも事実だった。

解剖の授業時の初見では、切り絵程度の精度でしかイメージすることが出来なかったが“心臓の形が飛行機だ”と意識してしまってからは月日を重ねるごとにその飛行機がどんどんと実物性を帯びていった。

馬鹿らしいと思いつつも、学校の図書室や、地域の図書館、そしてインターネットを使い、その飛行機がどんな飛行機なのか? ということを調べるようなった。

心臓である飛行機の特徴を元に調べていくと、それが“プロペラ機”ではなく“ジェット機”という分類に入るということを突き止めた。しかし、ジェット機といっても、巷でよく見かけるジャンボジェット機とは違い、私の住む街の上空を飛ぶ戦闘機ほどの大きさのものだ。

飛行機の知識が増えていくと、それに比例するように、まるで最近よく見かける“月刊○○○”というような付録付の雑誌のように、そのジェット機は完成されていった。

知識を元に徐々に組み立てていく胸の中のジェット機。私は密かにそれを“心臓ジェット”と名づけ、誰にも内緒で、この数年間その行為に夢中になっていた。

その結果、切り絵でしかなかった心臓ジェットも今では完全に立体となり、暗闇の中にずしりとした重量感を持って、威風堂々と存在していた。

そして、ようやく去年、心臓ジェットは全ての部品を付け終え、残り一工程を残すのみとなった。

しかし、その一工程が、この一年間ちっとも進まなかったのだ。

難関であるその工程とは“色づけ”である。現時点での心臓ジェットは、完成してはいるものの、その色に統一感はなく、本やインターネットで知った様々な飛行機の部品の寄せ集めであり、ジャージの破けた箇所に当て布をしたかのような貧乏臭さがあった。

当然、そんな状態の心臓ジェットを私の美学が許すわけがなかった。

しかし、私は、今まで心臓ジェットを組み立ててきた経験から、なぜか、一度終えた工程がやり直しのきかないものだということを知っていた。

そのことから、どうしても色づけだけはこだわりたかった。なにしろ、スポンサーもいなければ、会社のイメージカラーもなく、さらに戦闘用というわけでもないので迷彩を施す必要もないし、敵のレーダーがどうこうといったことも考える必要はないのだ。

それはつまり、心臓ジェットには自由な色彩が施せるということに他ならない。そして元々、絵を描くことが好きだった私は、ジェット機に色彩を施す工程を完成前から楽しみにしていた。

可愛いものにしようか? 美しいものにしようか? と、その工程を心待ちにしながら心臓ジェットを組み立てていたのだ。

しかし、その期待の大きさと、色彩の自由度が、逆に私を苦しめることになってしまっていた。候補に上がる色はいくつもあれど、どうしても妥協することが出来ず、決断を先送りにしているうちに、気づくと一年も経ってしまっていたのだ。

心臓ジェットの色、それが私の現在の一番の悩みである。

……平和だな、と少々情けなく思う。

くだらないことが起きた。

発端は一週間前の“あのこと”なのだろう。

私に対するクラスメイトの態度が、少しずつ、教師や大人が気付かない程度に、よそよそしくなっていくのは気味が悪かった。恐らく私は、暫くするとクラスの中で完全に孤立するのだろう。

現に昼食時間の今、私は人生で初めて一人でお弁当を食べている。

いずれ教師もこの異変に気付くだろうが、どうせ何もしてくれないだろう。まぁ、見当違いなことをされても困るので、むしろ口出しはせずにいてもらいたいとは思うが。

一週間前までの私は、間違っていることにも目を瞑らなくてはならない時もある、ということを知らないような無垢で無知な少女であった。

家庭でも小学校でも、間違った人を見たら注意する、という教えを受けてきていたし、そのことを疑ったこともなかった。しかし、たった一週間しか経っていないが、そんなものは“まやかし”だった、ということを今の私は知っている。

確かに、よくよく世の中を見てみると、私が信じてきたことのほうが遥かに少なかった。

例えばテレビ。意識して見てみると、テレビの中には間違っていても注意しない大人ばかりだった。お笑いタレントも政治家も、皆同じだ。

ごく稀に間違ったことを注意する場面もあったが、大抵その場合は、自分よりも力や立場が弱いものに対して行われるものか、個人を特定できないような場合のみだった。

どうやら間違っている人を注意する際には加味しなければならないことがあるようだ。

それは“損得”なのだろうと私は判断した。

そのため、皆、自分より大きなものとは戦わないし、自分に少しでも危害がないことを確認してからでなければ何も言えないのだ。

恐らく今まで私に対し“間違った人を見たら注意しなければならない”と説いた大人たちも損をするだろうと予見出来る場面においては目を瞑っているのだろう。しかし、その事実は格好がつかないので口が裂けても言えず、とりあえず体の良いことを言っていたに過ぎなかったのだ。

そして、その言葉を信じている子供たちは大人になる過程で、その事実に気づき、試行錯誤しながら自分も同じように振舞えるように成長していくのだろう。

ちっとも喜ばしいことではなかったが、そういう意味では私はこの一週間で相当大人になったと思う。

一人で食べるお弁当は、たとえ好物のエビチリが入っていても美味しく感じられないということも知った。

背後からは食事中にも関わらず、ゲラゲラと下品で大きな声が聞こえてくる。いつでもやかましい、髪の毛を金色や茶色に染めているグループだ。

その声で私は一週間前の朝のことを思い出した・・・・・・・

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